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[2012/05/09]【バドミントン】念ずれば花ひらく/トナミ運輸・佐々木選手が五輪代表に

 

 ロンドン五輪のバドミントン日本代表に決まったトナミ運輸の佐々木翔選手が9日、高岡市の同本社で会見し、「五輪は夢の舞台。悔いのない試合をしたい」と抱負を語った。

 佐々木選手は北海道上磯町(現北斗市)出身の29歳。男子シングルスの国内トップ選手として活躍し、アテネ、北京の両五輪は出場を逃したが3度目の挑戦で念願を果たした。2009年にトナミ運輸に移籍してから国際大会でも好成績を収めるようになり、世界ランキング6位で五輪出場を決めた。

 

■プロフィールなど(契約メーカー・ウィルソンのHP)

http://www.wilson-badminton.jp/wteam/shosasaki1.html

■日本経済新聞の記事

http://www.nikkei.com/sports/column/article/g=96958A88889DE1EBE0E7E2E6EAE2E2E0E2E1E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;p=9694E0EBE2E3E0E2E3E2E1EBE3E1

 

 

  会見では自らの成長の要因として、トナミ運輸の支援態勢や仲間との切磋琢磨、新しいトレーナーとの出会いによる考え方の変化などを挙げた。ストイックに競技に打ち込む姿勢からバドミントン界の“サムライ”とも評され、「バドミントンを通じて人間性を磨き、成長したい」と話す。「ひとりの人間対ひとりの人間というところにシングルスの魅力を感じている。五輪に出場する選手はみな国を代表した男であり、人間。そんな人たちが本気で勝に来ているので、勝つことはすごく難しいことだと思う。その中で自分もチャレンジしたい」とし、五輪の目標として、人間的にも尊敬する「中国の林丹選手(リン・ダン=世界2位)と対戦するまでは負けたくない。そして彼に勝ちたい」と語った。

 

【以下、記者会見の詳報】

 

●佐々木翔選手

「ロンドン五輪出場を報告することができうれしい。わたし自身3度目の挑戦にして初めて出場することができる。北京五輪に出られなかった時には悔しかった。富山県、トナミ運輸に来て最高の環境で練習できたことが、このような結果につながった。五輪は夢の舞台。悔いのない試合をしたい」

 

――挫折をどうやって乗り越えてきたのか?

「五輪に挑戦した3度とも所属チームが異なる。毎回、新しい気持ちで挑んできた。それをどうにかかたちにしたいと思ってきた。今回も新しい挑戦のつもりでやらせてもらったのがよかったと思う。挫折は何回もあったが、落ち込んで練習するのをやめてしまうと、やろうと思ったときに体力が落ちてしまって響くことがある。落ち込んでもジムに通うなどして体力を落とさないようにしたことで、その後に調子が上がったことがよくあった」

 

――富山に来たことは五輪出場にどんな影響を与えたのか?

「富山に来たことはすごく大きな要素。前回の五輪の時は、チームには所属していたが、いろんなことをすべて自分でやらなければいけなかった。トナミ運輸は五輪への道を引いてくれたので、それにしっかり乗っていこうと考えた。会社を挙げて応援してもらい、頑張りがいがあった。五輪に出ることが大きな仕事だと思った。絶対に出なければいけないと思ったし、プレッシャーは感じていた」

 

――実際に五輪出場が決まっての心境は?

「世界ランキング6位であり、周囲からも勝利を求められる立場。当初は夢の舞台だから楽しめたらよいと思っていたが、今は勝ち負けにこだわらなければならないと考えている。勝負を楽しむことができるよう、もう直前だと思うので1日1日を大切にしていきたい」

 

――出場権を争うポイントレース中でつらかった時期は?

「レース中は過去のことは振り返らないようにしていた。昨年の3月からの半年ぐらいでランキングが29位から6位まで一気に上がり、自分の立ち位置を頭で整理できないまま、次の大会で勝ちにいかなければならないことがあった。勝ってはいたがきつい時期だったと振り返って思う。11月ぐらいになり、五輪に出場できる可能性が高くなったので少しずつ気持ちの整理をし、今は自分が6位にいることがふさわしいと思えるようになった。下をみると抜かれたらまずいとネガティブなことを考えてしまうので1つでも順位をあげることだけを考えていた。

 昨年8月ぐらいには自分では(出場は)いけると思っていて、この1年間で次はメダルを獲るためのレールに乗ろうと思った。レールに乗り続けることはすごく大変な作業だが、今は頑張る時なんだと思ってやっている」

 

――レース中はどんな気持ちが支えだった?

「まわりの方への恩返しが五輪に出ることだと思っていた。感謝している分、(五輪出場という)かたちとして恩返しをしたかった。現場で戦う中では、この人に勝ちたいという気持ちが強くなった。五輪がどんな雰囲気になるか想像するが、まだ想像つかないところが多く、空気に負けてしまうのではないかという不安も出てくることもある。しかし、夢の舞台なので、そういうことだけはしたくない」

 

――五輪での目標。やってみたいことは?

「憧れの選手である中国の林丹(リン・ダン)選手と対戦するまでは負けたくない。そして彼に勝つというのが一番の目標。実現するためには少なくとも準々決勝までは勝ち進まなければならない。今は、しっかりと準々決勝までは進めるようにしたいとの気持ちがある」

 

――富山でどのように成長した?

「バドミントンが盛んな地域で、会社のみなさんもすごく応援してくれる。責任感は強くなった。富山に来たからには、五輪に出ることでしっかりと富山や会社の方に自分の存在をアピールして受け入れてもらえるようにしたいと思っていた。今では帰国して、富山に戻ってはじめて本当に帰ってきたな思えるほど落ち着ける場所になっている。集中して練習できる環境だ。チームとしてレベルが高く、自分だけが強くなろう、ではなく、チーム全体で強くなることで自分も強くなろうという気持ちでやっている。競争や切磋琢磨できることが大きかったと思う」

 

――4年前との違い。成長した部分は?

「4年前まではパワー重視で自分を相手に押しつけるようなバドミントンをしていた。押しつけた結果、相手に交わされたり、通じなかったりすると負けるしかなかった。北京後、(フィジカル面で)柔軟性を取り入れようと考え、新しいトレーナーと出会った。その方と一緒にトレーニングしていく中で、考え方の柔軟性もついてきた。相手に合わせることができるようになったのが大きい。以前のスタイルとは逆に、打ってきたところを僕が拾って、相手が疲れてきた時に反撃して逆転勝ちすることもできるようになった。省エネでプレーできるようになって、スタミナ勝負でも優位に立てるようになった。思い通りにいくわけがないという気持ちで試合ができるようになり、思い通りにいかなかった時にどうしようかと試合の中で考えられるようになった。五輪レースに対する心構えも同じだった。自分がこうしたい、という気持ちだけで臨んでいたら、うまくいかなかった時に対応できなかったと思う。

 本番まで2カ月ぐらいだが、今まで取り組んできたバドミントンの中で疎かになっているところがあれば埋める、またもう少し進化する余地もある。その2点についてしっかりやっていきたい」

 

――シングルスを戦ううえでの原動力は?

「自分はシングルスが好き。ひとりの人間対ひとりの人間というところに魅力を感じてやっている。小さいころから上にいる人を倒したいと思ってきた。自分のほうが強い。それを証明したいという気持ちで常にやっている。五輪に出場してくる選手はみな国を代表した男であり、人間。そんな人たちが本気で勝ちにきているので、勝つことはすごく難しいことだと思っている。その中で自分もチャレンジしたい」

 

――バドミントンを始めたきっかけは?

「友だちがみんなバドミントンをやっていて、夕方5時になるとそのスポーツ少年団へ行ってしまう。自分はもっと遊びたいと思っていて、みんなについていったのがバドミントンを始めるきっかけだった。その時はこんなにのめり込むとは思っていなかった。高校生になって五輪に出たいと思うようになった」

 

――ふるさと北海道のみなさんにメッセージを。

「素の自分を知っているみなさんで、今も会うと気兼ねなく話すことができる。最近はあまり会えてはいないが、おめでとうというメールはもらっている。恩返しができてよかったと思う。両親は自分以上に五輪に対するこだわりをもっていたのではないかと思う。出場できることを伝えられたのはよかった。今はメダルを目指して気持ちは切り変わっていて、自分が納得できるように頑張りたいと思う」

 

 

●トナミ運輸バドミントン部・荒木純監督

「佐々木選手の世界ランキング6位は日本選手の過去最高位。大会には30歳で迎えることになるが、この年齢でこれだけの成績を残して五輪代表になることは日本ではこれまでありえなかった。彼は努力家であり、これまでの経験などいろいろなものが現在の順位につながっている。トレーニングをはじめ自己管理ができており、心技体がそろった脂の乗った状態で精神的にも充実している。さらなる精進をして3カ月後の五輪ではMAXのパフォーマンスを発揮してほしい。五輪ではシード選手として臨むことになるが、なんとか16組に分れて行われるグループリーグを突破し、決勝トーナメントに進出してほしい」

 

――トナミ運輸に加入以来の成長をどう感じているか?

「トナミ運輸という優勝を狙うチームに来て、団体戦のエースとしてプレーしてきた。これまですべての試合に勝ったわけではない。特に2010年の日本リーグの最終戦で負けたことが彼を大きく育てたのではないかと思う。10年の負けは自分の責任だと重く受け止めてやってきたという。11年にはその悔しさをぶつけてくれた。団体戦のプレッシャーの中で、チームために、誰かのために勝つという責任感が彼を大きく変えたのではないか。練習でさらに努力する原動力にもなったと感じている。精神的に強くなった。

 若いころはシャトルが上がれば打つという攻撃型の選手だとみていた。わたしたちのチームに加入してからは、円熟味を増していろいろなことを考えてプレーできるようになった。守備もよくなり攻めも守りもできオールランドに返球できるようになった。国際大会で1ゲーム目をとられても、2、3ゲームを取り返してくる。追い詰められても逆転できるという彼のスタイルにつながっていると思う」

 

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